伊藤公記念館(旧・伊藤博文邸)

初代内閣総理大臣 伊藤博文。伊藤博文は、1841年(天保12年)9月2日、周防国熊毛郡束荷(つかり)村(現・山口県光市束荷)に生まれる。幼名は「林 利助」。14歳のとき父が伊藤家の養子となったため「伊藤」姓を名乗り、名を「俊輔」と改め、28歳より「伊藤博文」を名乗る。

伊藤博文はいちはやく西洋文化の導入に取り組み、日本の近代化に尽力した。現在、小学生が使っているランドセルは、大正天皇が皇太子時代に入学祝いに革製で箱型の背嚢(背中に負う方形のかばん)を特注して献上した物が原型となっている。

9歳まで過ごしたこの地に足が遠のいていたことに不義理を感じた伊藤博文は、自らが設計したルネサンス様式を基本とした西洋館を1909年(明治42年)3月に着工。しかし、1910年(明治43年)5月の完成を見ることなく、1909年(明治42年)10月にハルピン(現・中華人民共和国東北地区)駅において凶弾に倒れた。

建物は、後に伊藤家から山口県へ寄贈され、1952年(昭和27年)に大和町(現・光市)に無償で払い下げられ、1993年(平成5年)から山口県の指定有形文化財に指定されている。

現在、当地は伊藤公記念公園として整備され、復元された伊藤家の生家や、当社が清掃管理させていただいている伊藤公資料館が併設されている。

伊藤公記念館(旧・伊藤博文邸)は、自由に入館できるので是非おいでませ!

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